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2019年。
遊戯王プレイヤー(YP)にとって忘れられない、そして忘れたくても忘れられない事件があった。
それは、Yu-Gi-Oh! World Championship 2019(世界大会)の予選での出来事だった。
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時代は“魔鍾洞”
当時の遊戯王OCGは、ある1枚のカードによって完全に支配されていた。
その名も「魔鍾洞(ましょうどう)」
①:相手フィールドのモンスターの数が自分フィールドのモンスターより多い場合、相手はモンスターの効果を発動できず、攻撃宣言もできない。②:自分フィールドのモンスターの数が相手フィールドのモンスターより多い場合、自分はモンスターの効果を発動できず、攻撃宣言もできない。③:自分・相手のエンドフェイズに、お互いのフィールドのモンスターの数が同じ場合に発動する。このカードを破壊する。
現在は禁止カードに定められている、このカードは何が恐ろしいのか?
あまり遊戯王になじみがない人はわからないかもしれないので3文字に要約する。
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敗ける
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26文字の一文にするとこうだ。
ゲーム終了の40分後まで何もできない、そして敗ける。
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何もできない、暗喩でもなんでもなく、本当に何にもできず敗ける。
一度フィールドに着地すれば、ゲームスピードはストップ。攻撃もできず、守備も突破できない。
プレイヤーに残された選択肢は、ただ1つ。”サレンダー(投了)”
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いや、正確には、サレンダー"すら"許されなかった。
というのも、KONAMIはそれまで可としてきたサレンダーを大会直前に「サレンダーは両者合意の上でのみ成立」と定めたからだ。
つまり、相手が「ダメ」と言えばサレンダーできないのだ。
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魔鍾洞地獄と怒れるデュエリストたち
これには全国のプレイヤーが激怒。
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「試合が終わらない」
「勝ち筋がないのに、投了すらできない」
「時間稼ぎ放題じゃないか」
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結果、使いたくなくても「魔鍾洞」を、仕方なく使わざるを得ないという最悪のメタ環境が形成された。
時間切れを悪用し、「魔鍾洞」でロックしてバーンダメージを与え続けるという陰湿なデッキが蔓延。
会場は、ただ1枚の魔法カードによって、怒りと絶望の渦に包まれていた。
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ちなみに「魔鍾洞」は大抵の場合後攻1ターン目に着地する。
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そして、あの日。「プレイヤーS」の戦い。
そんな地獄のような環境の中、とあるプレイヤー「S」はブロック代表をかけた大事な準決勝に臨んでいた。
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緊張感が漂う中、「魔鍾洞」が無事着地。
Sの動きは完全に止まり、あとはジワジワと削られるのを待つだけ――。
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Sは相手に問う。
「サレンダーしてもいいですか?」
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相手は苦しそうに答えた。
「……認め……ません……。」
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大一番、観客も見守る、会場がどよめく。
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Sは少し間を置き
「そうですか……」
と残念そうにうなだれた……。
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そして――
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「では!」
「では!」
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Sは突如、自分のデッキを手で跳ね上げた!!!
カードを全て場にぶちまけた。
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会場が静まり返る中、Sは毅然と言い放つ。
「デッキが崩れました。サレンダーしかないです。ジャッジ呼びます?」
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観客、大歓声。
一気に「魔鍾洞」使いが悪役に。
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相手はしぶしぶジャッジを呼ぶが、結果は「ジャッジキル」ではなく「シングルロス」
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逆転劇
そもそものそもそも、Sは非常に強いプレイヤーだ。
2017年、2018年と、前の2年間ブロック予選を通過し、全国大会にあたる「選考会」に進出している、「魔鍾洞」などという姑息な戦術がなければ何の問題もなく勝ち進む実力を備えていた。
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その後、Sはサイドデッキを活用して対「魔鍾洞」プランに切り替え。遊戯王は2本先取の3本勝負。
第2戦、第3戦を圧倒的プレイで取り返し――見事、Sが勝利を収めた。
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時代のバグ
「魔鍾洞」事件は、ルールの抜け穴がいかにゲームを歪めるかを痛感させた。
そしてそれに対して、ルールの中で“魂”で戦った男の物語でもある。
Sの行動が正しいかどうかは人それぞれだろう。
でも、あの日会場にいた誰もが、あの瞬間、心の中で叫んでいた。
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「よくやった!!」
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余談だがこの環境では「魔鍾洞」をメインデッキで解答するのが非常に難しく
多くのプレイヤーが
「デッキを崩す」
「高速でデッキを片付けて、何食わぬ顔で2本目を開始する」
「サレンダーは本当はできると嘘をついてサレンダーを通す」
といった盤外戦術を本気で練習していた、「魔鍾洞」というカードがそれほど憎まれていたことだけは知っておいてほしい。